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●市川市文化振興財団理事長に井上ひさし氏を再選
市川市文化会館などを運営する財団法人市川市文化振興財団の理事長に、作家の井上ひさし氏が再選されることになり、7月28日に辞令交付式が行われました。井上氏は本市に居住したこともあり、前回の平成16年からから引き続き2回目。
●美術、音楽、文芸……てこなアカデミーが開講
美術や音楽、文芸の分野で、基礎的な知識を学ぶ「てこなアカデミー」が9月から開講します。各分野とも9回シリーズで、市川市文化振興財団で受講者を募集しています。各講座とも専門家が講師をつとめます。
主な内容は、美術講座では美術概論をはじめ、美術基礎理論、デッサン、書道、彫刻、日本画など、音楽講座では室内楽、作曲家、オーケストラなど、文芸講座では市川を描いた近代文学者、北原白秋、幸田露伴・文、宗左近などです。
受講料はコース資料代として1,000円。講座の3分の2以上を受講できる人が対象です。講座の詳しいことは市川市文化振興財団(電話047-379-5111)まで。
●東山魁夷記念館が開館
中山1丁目の東山魁夷記念館が11月12日にオープンした。日本画の巨匠で市川の名誉市民にもなったいる故東山魁夷氏の生涯やその数多くの作品を展示、紹介している。
1階では「人間東山魁夷の軌跡をたどる」として、若い時代の思い出や創作活動の資料などが展示されている。魁夷氏は本名、新吉。最大の協力者であった鬼越の中村家の2階からの風景を描いた作品はことに有名。東山氏のこんな若い時代にスポットをあてて、当時使っていたスケッチブック、手紙、ノートなど約10点の資料が公開されている。
2階では市川市と東山家の収蔵作品が展示され、「東山芸術の世界と感動」として、未公開のスケッチなども公開される。東山家収蔵の「冬の旅」シリーズの本画や試作、習作のほか、「道」の試作、「雪野」「ツェレの家」など約40点が展示されている。この開館記念特別展は来年1月15日まで。
記念館はJR下総中山駅か京成中山駅からが便利。徒歩で10〜15分。(2005/11/17)
●東山魁夷の作品を寄贈
東山魁夷記念館の開館に合わせて、東京都内に住む荒木イキさんが10月13日、東山氏の作品「夕汀」を寄贈した。これは、平成15年に死去した亡夫で、昭和大学医学部教授などを歴任した日出之助氏の遺志によるもの。
●いちかわ文学へのアプローチ 文学プラザが新たにオープン
市川市ゆかりの文学や作家を紹介する「文学プラザ」が10月25日、新たにメディアパークにオープンする。永井荷風や幸田露伴といった著名な作家の他、昭和から現代までの文学、文芸、作家らを紹介する拠点。最近では、シナリオ作家の水木洋子まで、幅広く紹介する。オープン記念の催しのプログラムも多く計画されている。入館は無料。047-320-3354
開館記念のイベントでは、11月11日に講演会「いちかわ文学へのプロローグ」と題して、東洋大学名誉教授の神作光一さんが講演をする。午後2時から。定員は先着60人。
このほか、水木洋子さんの足跡をテーマにし、さきごろ寄贈を受けた資料を展示する開館記念展示が行われる。また、日本映画「純愛物語」を10月29日に上映する。午後2時からで、定員は200人。無料。
●独特の大和絵の作風、川 小虎作品展
大正期から昭和にかけての日本画家で、独特の作風で知られた川 小虎(かわさきしょうこ)の作品を展示紹介する作品展が、真間5丁目の芳澤ガーデンギャラリーで開かれている。
昨年11月に、市内の収集家である加藤弘さんから作品の寄贈があり、作品展は「加藤弘コレクション寄贈記念」として企画された。川 小虎は、東山魁夷氏の夫人であるすみさんの実父であることもあり、作品展には東山家で所蔵する作品も特別出展されている。作品展は6月19日まで開かれている。
川 小虎は明治19年岐阜県生まれ。幼い頃から、大和絵の画家の祖父、川 千虎らに指導を受けた。東京美術学校を卒業後、小中学校の図画の教師をつとめながら、その後、新しい日本画の技法を生み出し、「幻想的でロマンティックな大和絵の作風」として高い評価を受けるようになった。代表作品は平安時代の公家の風景を描いた「伝説中将姫」などが知られている。昭和52年に90歳で逝去した。
作品展は、加藤さんからの寄贈作品の23点のほか、特別出展の20点を加えて、約50点が展示公開されている。
入場料は一般が200円、中学生以下は無料。月曜は休館。芳澤ガーデンギャラリーは市川駅から徒歩約16分、京成市川真間駅から約12分。電話047−374−7687
●水木洋子シナリオ賞が決定
さきに募集していた第1回「市川市水木洋子シナリオ賞」が決定した。受賞者は佐竹麗さんの「押入れ」と熊子さんの「Flower(フラワー)」の2作品。賞金は各50万円。
去年の9月1日から30日までの応募期間で、応募点数は180篇あった。
受賞式は5月27日に赤坂プリンスホテル旧館で行われる。(2005/05)
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●ミュージカル役者を養成 「いちかわ市民ミュージカル村」教室が開講
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市民ミュージカルがさかんになっている市川で、本格的なミュージカルの役者やスタッフを養成しようと「いちかわ市民ミュージカル村」教室が5月から開講する。通年で受講する市民ののほか、前期、後期の期間の受講生を募集している。通年と前期の募集は4月11日から始まった。
この試みは市川市民文化ネットワーク(NPO法人)の主催。これまで市民が出演、制作してきた市民ミュージカルや伝統文化子ども教室の参加者から、「もっと本格的にレッスンしたい」といった声に応えるために、企画された。市川市からも支援事業として認められた。
用意されている教室は「演技教室」(募集定員30人)、「ダンス教室」(募集定員30人)、「歌教室」(募集定員30人)、「三味線教室1」(募集定員20人)、「三味線教室2」(募集定員20人)、「野口体操教室1」(募集定員30人)、「野口体操教室2」(募集定員30人)、「市民戯曲教室」(募集定員10人)、「スタッフ・マネージメント教室」(募集定員10人)。
募集する年齢は小学4年から大人までで、受付は先着順。前期の募集は4月11日から始まった。
より詳しい情報は、http://www.geocities.jp/ichi_bun_net/
まで。
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●星野道夫氏 クリスマス・ミュージアム 寄贈作品を展示紹介
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昨年開催して大きな反響を呼んだ市川市出身の動物写真家、星野道夫さん(故人)が作品40点を市川市に寄贈することなどを記念して、これらの写真を展示紹介する作品展が、12月11日からニッケコルトンプラザで開かれる。11ニ日午前には、贈呈式が行われる。入場は無料で、19日まで。
星野さんは1952年9月に市川で生まれ、平田小学校を卒業した。大学は慶応大学経済学部で、探検部に所属し、卒業後に、動物写真家の田中光常氏に師事した。1978年にはアラスカ大学に入学し、撮影活動を始めた。写真の木村伊兵衛賞など数多くの受賞歴がある。ところが、1996年8月にロシア・カムチャッカ半島のクルリ湖畔で、就寝中にヒグマの事故で、43歳という若さで生涯を終えた。
今回の写真展は、市に寄贈する40点の作品パネルの紹介のほか、市内の中学校全校に寄贈する図書と特製ポスターも展示される。市川青年会議所を中心に実行委員会(杉浦康司委員長)を組織、約160人の市民ボランティアや1,000人のスタッフも開催、運営に協力する。
このほかの詳しい内容については実行委員会のホームページで(http://www.ijc.jp/hoshino-michio/)
●クラシックコンサート 12月17日に千葉商科大学
千葉商科大学が定期的に開催しているCUCクラシックコンサートが、12月17日午後6時30分から、同大学で開かれる。今回で32回目。無料。
市川交響楽団のメンバーで構成するアマービレ弦楽四重奏団の演奏で、曲目は世界にひとつだけの花、冬のソナタ、はじめから今まで、リベルタンゴ(ピアソラ)など。クラシック音楽を気軽に楽しむため、開放的な雰囲気を工夫する。定員は550人。
鑑賞希望者はファックスか、メール、往復ハガキで受け付ける。詳しくはは047-372-4111
また、当日午後12時15分からはアトリウムコンサートも開かれる。こちらは申し込み不要。
●ユネスコ音楽祭 サイ・イエングアン(崔岩光)ソプラノコンサート
11回目を数える市川市ユネスコ協会が主催するユネスコ音楽祭が、7月19日に、市川市文化会館で行われる。今回はソプラノのサイ・イエングアン(崔岩光)さんのコンサート。当日は南行徳中の合唱部も出演する。
コンサートは、午後2時から、市川市文化会館で。崔さんは日本各地や世界でも活躍中で、市川市在住。入場料は2,000円(全席自由)。収益金の一部はバーミヤン文化支援とする。047-334-7832
●水木洋子シナリオ賞 新人シナリオコンクール
2003年4月に逝去したシナリオ作家の水木洋子さんの遺志を偲んで、市は「水木洋子基金」を2004年に創設したが、その事業の一つとして、今年から「水木洋子シナリオ賞」を選考する。社団法人のシナリオ作家協会と映画文化協会に選考を委託し、毎年、決定していく。賞金は100万円。
作品の応募期間は9月1日から9月30日まで。応募先は「東京都港区赤坂5-4-16 シナリオ作家協会 新人シナリオコンクール係」。問い合わせは市川市文化振興課(047-334-1107)
水木洋子さんは1910年東京・京橋生まれで、神田で育った。日本女子大学国文科などで演劇を学び、1935年んい菊池寛主宰の脚本研究会に参画。戯曲「白き一頁」や「林道」を発表した。戦中は愛知県に疎開。戦後の1947年に市川市八幡に転入し、母親のゑいさんと同居した。はじめは借家だったが、のちに一軒家を購入し、これが現在まで残っている。
1949年に「女の一生」で映画脚本デビュー。日本の映画を代表するような数々の名作を世に送りだした。1981年には紫綬褒章を受章している。
1983年に母親が死去。1993年には市内の施設で療養生活に入った。
1997年に自宅を含めて、将来、所有財産を市川市に寄贈する契約を市と結んだ。2003年4月8日に市内の病院で逝去した。享年92歳。
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